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図書室の悲惨  (福場将太・著)
■第四章「大掃除の邪念」



 放課後、大掃除の時刻となり委員たちは図書室の掃除にかかっていた。マニアックマン・平岡・瀬戸川の1年生男子3人は、秋の香りが漂う図書室前の廊下を箒で掃いている。
「なあ、あの包丁の悪戯のことだけど…」
 マニアックマンがまた専門家っぽい口調で言った。
「俺が思うに、司書室から鍵を盗めるのは俺たち図書委員か、昨日司書室に出入りした生徒または教師だ。教師の中には、当然岡本先生と原田先生も含まれる」
 頷きながら瀬戸川も言う。
「…そうだよな。司書室は大抵誰か先生がいる。誰もいない時は鍵をかけられてるはずだし…全く見知らぬ人が出入りしていたら誰かが気づくだろうしなあ」
「でもあんな悪戯、先生がするかなあ?」
 平岡が塵取りでゴミを集めながら素っ気なく言う。
「俺も…同感だな」
 マニアックマンが箒を動かす手を止めて言った。
「相当な理由が無いと…大人はあんなことしないだろう。じゃあ図書委員の誰かがしたのかというと…そうも思えない。あの貸し出しカードのことにしても、悪戯でやって名乗り出ないのは変だ。
 …断定はできないけど、今朝の悪戯は委員の誰かの冗談とかじゃないと思う。図書委員のみんなは悪戯が好きかもしれないけど…それとは系統が違う」
「じゃあ、昨日司書室に出入りした図書委員以外の生徒がやったってこと?もしそうなら…記憶を整理していけば、案外簡単に誰なのか調べられるかも」
 瀬戸川はそう言ったところで、数学準備室から出てきた福場に気づいた。
「あ、福場先輩!掃除してくださいよ」
「ああ…今する。遅れてごめん」
 福場はそう言いながらゆっくりと3人の前を通り過ぎ、司書室に入っていった。長い前髪のせいで3人にその表情は読み取れなかった。マニアックマンがバンダナを整えながら呟く。
「何か…元気ないみたいだな。やっぱり今朝のことがショックなのかな、いろんな意味で」



 数分前。
 司書室では女子図書委員4人が掃除をしていた。岡本はデスクに座り、掃除をする女子たちをぼんやりと見守り、原田は窓際で外を見ながらタバコを吹かしている。彼が原田英三(はらだ・えいぞう)、岡本同様に司書室にデスクを持つもう1人の顧問教師だ。担当は英語、若い頃は二枚目で通っただろう彫りの深い顔が少し怖い印象を与えるヘビースモーカーの40代後半である。午前中はずっと授業だった彼は昼休憩に岡本から今朝の事態を知らされた。そのことを思ってなのか、さらに彫りを深くした険しい表情で彼は煙をくゆらせている。

「ねえ、男子たちは図書室の掃除してるの?」
 西村が濡れ雑巾でドアを拭きながら小声で言った。
「まだみたい。1年の男子はさっき廊下やってた」
 壁のガラス越しに図書室を確認して答えたのは、同じく濡れ雑巾担当の須賀だ。水田と小笠原は黙々と箒を動かしている。
「2年の男子は?もしかしてまだ来てないとか?」
「委員長はさっきワックス取りに行ってた。福場くんと出口くん…はまだ見てない」
 出口は今年の9月から図書委員会に入った。しかも昨日のように数少ない集会にも欠席が多いため、クラスが違う者たちにはまだ馴染みが薄いようだ。委員は9月半ばを境とする前期と後期でメンバーを変えるのだが、出口以外の委員たちは全員前期からスライドした。気楽な図書委員が誰も性に合っているのだろう。また仕事の少ない図書委員に入っておけば、他の面倒な委員に入らされることはないというのも密かな理由なのかもしれない。
 出口が後期から図書委員に入ったのも、大方そんな動機だろうとみんな考えていた。
「全員集まってから図書室の掃除するのかなあ。あたし…あんまりあの机見たくないけど」
 岡本と原田を意識して西村は更にトーンを落として言った。
「でもしょうがないよ。あのままだったらもっと気持ち悪いし」
 須賀がそう言い終わると同時に、廊下からのドアが静かに開き、福場が現れた。
「先生、遅れてすいません」
 岡本はそれを見るとデスクを立って言った。
「来たわね、福場くん。今瀬山くんがワックスを取りに行ってるわ。あと出口くんが来たら全員で図書室と書庫の掃除にかかりますから」
「遅れて来た福場には、人一倍働いてもらわんとなあ」
 原田が振り返り、煙を吐いてようやく笑顔になって言った。だが、他の誰も笑いはしなかった。



 ワックスの入ったバケツを右手に、左手にはモップ2本を持って図書委員長・瀬山は階段を上っていた。ワックスを1階で配るのは4階を掃除する生徒にとっては嫌がらせのようなものだ。やらなくてはいけないこととはいえ、これからまだまだやることがあると思うと彼は少し苦痛だった。これからの作業の段取りを瀬山は頭の中で整理していた。
「モップ持ちますよ、委員長」
 突然声をかけられ振り返ると、出口が5段ほど下に立っている。
「遅れてすいません。ちょっと用があったもんで…」
 何の用があって出口が1階から現れたのか、瀬山にさほど興味はなかった。
(どうせこの変わり者のことだから、売店でジュースでも飲んでいたのだろう…)
 そう思いながら瀬山は2本のモップを出口に手渡す。そして、少し落ち着いた口調で言った。
「これから図書室の掃除だから。一応、まあ、覚悟というか…」
「ああ…それなら大丈夫です、多分」
「まったく『大工』の奴がよけいなことをしてくれたせいで面倒だよな」
 瀬山はそう言いながら出口を見た。彼はモップ2本をうまく持とうと何やらやっている。瀬山の話を聞いていた様子はない。
(変わり者だな、本当に…。まあ、その方がいいのかもな…)
 優等生としての重圧を少なからず日々感じている瀬山は、そんなことを考えながらバケツを左手に持ちかえた。




 午後3時40分。図書委員全員が司書室に集合した。今日の昼休憩から再びである。先ほど委員長と出口が運んできたワックスとモップは廊下に置かれていた。岡本が口火を切る。
「じゃあ瀬山くん、どういった手順でやりましょうか」
「大腿やることはいつもと同じですが…」
 整理しておいた段取りを委員長が説明する。
「まず2年男子で司書室・図書室・書庫のドアを外して廊下の壁に立てかけます。それを女子に両面濡れ雑巾で拭いてもらいます。ここまではいつも通りで、先生、…例の机はどうしますか?」
 そこで原田が一歩前に出た。
「それは俺が説明しよう。あの机は外に運び出して、1階まで降りる。そんなに重くはないはずだ。駐車場の隅まで運んで、そこでホースで水をかけながら塗料を落とす。乾いたらまた持って上がるんだ」
「つまりあの机はこれからも使うってことですか」
「ああ、備品を大切にしなきゃならんからな。新しい机を請求したらあの悪戯のことも大学に報告することになる。…それはちょっとまずい」
 大人の事情を吐露してしまう原だの言葉、そんなことだろうと瀬山は思っていた。
「じゃあ、俺その机洗いやります!出口も一緒にやろう」
 福場が手を挙げて名乗り出た。先ほど沖渡の話を聞いて少し暗い気分になっていた彼であったが、やはりこういう特殊作業は彼の好きなところなのだ。出口もその同類で、大きく頷いた。それを見て委員長が言う。
「じゃあ、2人はドアを外したらそれやってくれ。となると…1年男子はドアを外した後いつも通り敷居の溝に溜まったホコリや砂を取ってくれ。終わったら僕と図書室内の掃除。女子はドア拭きの後は書庫の掃除。ワックスをかけるのは図書室のみ。
 …大腿こんな手順ですかね」
 委員長の的確な采配を岡本が確認する。
「…そうね。机洗い以外はいつもと同じだからね、それじゃみんなでかかりましょう」
「そうだ、最初にゴミ袋、誰か保険室でもらってきてくれ」
 原田がそう言って生徒を見回した。
「お、目が合ったな。そこの1年男子3人組にお願いしよう」
 この3人はいつも行動を共にすることを原田も把握しているようだ。



 改めて掃除が始まる。まずは閉じられていた図書室のカーテンと窓が開け放たれた。室内には夕方の陽光が優しく入り込む。その中で原だが例の机から『大工』と書かれた包丁を抜き取り、タオルでくるんで自分のデスクに保管した。それにより張り詰めていた空気も幾分穏やかになり、委員たちはそれぞれの持ち場についた。
 しかし掃除の間、各持ち場で話題の中心はやはり今朝の悪戯であった。




 福場と出口が洗い終わった机を持って再び4階に戻ると、すでに図書室の前方のドアを残して他のドアは敷居にはめられていた。委員たちの姿は見えない。唯一開いているそこから2人が机を図書室に運び入れると、1人残っていた委員長が窓を閉めていた。
「帰ってきたな、お疲れさん。机…綺麗になったじゃないか」
「なかなか塗料が落ちなくて大変だったよ。他のみんなはもう帰ったの?」
 と、福場。
「ああ、ついさっきね。じゃあその机を戻して僕たちも終わりにしよう」
 委員長も加わって机をいつも通りの位置に戻し、とりあえず見慣れた平和な図書室の風景が戻った。まあ、よく見れば机に包丁の傷跡が残ってはいるのだが…。



 3人で中庭側に面した窓、そして廊下側に面した窓の施錠を順に確認していく。全ての窓の確認が終わると、委員長が言った。
「よし、OKだな。では大掃除終了」
 彼が脱いでいた学ランを着終えると、3人はもう1度図書室を見回した。
 まだワックスの香りが残る室内…。
 学校という小さな社会の中で、最も『神聖』という言葉が似合う場所…。
 書庫へ繋がるドアは閉じられているため書庫の中までは見えないが、このおおよそ落ち着いた環境で今朝のような奇怪な事件が起こったとは真に信じ難い…。
 3人は廊下に出、そこに立てかけてあった最後のドアをはめる。2枚セットの引き戸識のそのドアは、敷居の溝が掃除されたことも会ってか滑らかに動く。
「これでよし、と」
 そして瀬山が司書室の岡本から書庫と図書室の鍵を借りてきて、それぞれのドアを施錠した。もちろん行方不明の図書室の鍵は、未だに予備の方なのだが。
「ちゃんと閉めろよ、委員長。もう『大工』は御免だ」
 福場がチャチャを入れると、委員長は少し不機嫌そうに返す。
「わかってるって。僕だって『大工』は2度と御免だ。そんなに言うなら確認しろ」
 福場と出口は書庫のドアと図書室の前後2つのドアを確認したが確かに施錠されていた。
「でも、犯人は図書室の鍵を持ってるんだから、今確認してもね…」
 出口の言葉に福場と瀬山ははっとしたように図書室を見た。
「だ、大丈夫だって、多分…」
 福場の言葉で3人はここでそれを議論してもしょうがないことを悟る。3人は2つの鍵を岡本に返すと、それぞれ下校した。時刻は午後5時、辺りにはもう夜の影が忍び寄ってきていた。



 その後も岡本は司書室に残りしばらく仕事をしていたが、その間何度も図書室と書庫の施錠を確認しに廊下に出た。何回手をかけてみても、確かにドアは動かない。
(図書室のドアは、『大工』が鍵を持ってるんだから、今確認しても…しょうがないのよね…)
 岡本はそう思いながらも確認せずにはいられなかった。それに、もしかして鍵が開いていて再び『大工』が侵入しているかもしれないという思いもあった。
 しかし、岡本と原田が帰る時刻まで、『大工』の再来はなかった。

 …そう、確かに施錠されたはずだった。
 …いや、確かに施錠されていたのだ。


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